減量手術チーム 減量はしんどい。 だからこそ、チーム医療が必要~後編~
管理栄養士は食事だけでなく患者のメンタルと向き合う
チームで患者ともっとも顔を合わせる機会が多いのは管理栄養士だ。
減量治療の中心は食事のコントロール。たとえ手術で胃を小さくしても、術後に大量の食事を続ければいずれリバウンドする。術後もきちんと食事をコントロールできるのか。それを見極めるため患者には術前に5%の減量を求め、術後も実践できているかをフォローする。その伴走役となり、食事面の助言をするのが管理栄養士である。
栄養管理科主任の田中理恵子は、減量外来が開設された直後にチームに加わった。北浜と共に英語の論文を読みながら術後のメニューを考案。既存のものを踏襲するだけでなく、高タンパク質の補助食品を増やすなどして工夫をした。
術前は月1回面談。術後は2週間、1ヶ月、3ヶ月目に面談して、以降は3~6ヶ月ごとに5年間フォローを続ける。状況はチームで共有して、治療にも活かされる。新しい挑戦にワクワクしたが、いざ栄養指導すると辛いことも多かったという。
「患者さんは食事の管理が苦手なことが多く、指導してもできないことのほうが多い。結果が出ないと患者さんのメンタルが落ちて、私もその影響を受けてしまって……。今は必要に応じて臨床心理士の先生に入ってもらっていますが、それまでは私自身も精神的にキツかった」
一方でやりがいも感じている。挙児希望で減量外来に来た女性がいた。肥満は生理不順になるなど妊娠が難しい。術後1年半は避妊が必要となるが、その患者は食事もしっかりコントロールして減量に成功。1年半後の血液検査で異常なしとわかり、妊活解禁になった。
「数ヶ月後、『妊娠しました。婦人科でサプリを勧められましたが、飲んでもいいですか』とメールがありました。うちの病院で産んでくれたので、赤ちゃんにも会いに行きましたよ。ママになった患者さんの幸せそうな顔を見て、この仕事をしていてよかったなと改めて感じました」
日本ではまだ数が少ない減量コーディネーターを導入
さまざまな専門家が集まる減量カンファレンス。ほぼ全員が医療従事者だと一目でわかる制服姿だが、1人だけ事務の制服に身を包む女性がいた。減量コーディネーターを務める医事科主任の平井麻衣子だ。
アメリカではコーディネーターを置くことが珍しくないが、日本ではまだ数少ない。役割は2つある。1つは、チームと患者をつなぐこと。外来で初診の予約が入ると、コーディネーターは患者に連絡して現在の症状や肥満の原因などを問診する。話を聞くうちに、「幼少期に満たされない気持ちを食べてまぎらわせていたことが肥満のきっかけだった」と深いところに話が及ぶことがある。こうした情報も含めて北浜に事前に伝えておくと、初診がスムーズにいく。
診察や栄養指導に来なくなった患者に連絡することも多い。平井はキャンセルの理由をこう明かす。
「たいていは術前減量がうまくいかなかったりリバウンドした患者さん。先生に合わせる顔がないと思うのか、急に来なくなってしまうんです。それではもったいない。電話越しに患者さんの状況を推察して、治療を続けたほうがいいことをご説明します」
千船病院減量外来での中断率はコーディネーター導入前と比べて明らかに減少し、手術にいたる症例数も増加傾向にある。
もう1つの役割が、院内の連携だ。減量チームは総勢40人。基本はカンファレンスや個別連絡で情報をやりとりするが、抜け漏れや齟齬が生じやすいところはコーディネーターがカバーする。
予定されていた手術が延期されたことがあった。肥満患者では10種類以上の内服をしていることも多い。最近ではジェネリック医薬品の広まりもあり、薬剤数が以前と比べ格段に増えている。薬の中には手術の数日前に服用をやめなくてはいけないものもあり、患者にそのことが正しく伝わっていなかったのだ。
北浜は情熱型で、患者への安全性を最優先にするためメンバーに要求する水準も高い。このときも看護師や薬剤師に、チェックリストの改善を求めたものの、逆に「先生から明確な指示がないとわかりにくい」と不満が出た。
「お互いに言い分はわかります。なので、患者さんに薬の説明をする機会を2回から3回に増やす一方、北浜先生にも『みなさんここまでやってくれるから、ここで指示をお願いします』と整理しました。先生の負担が増えるからどうかなと心配でしたが、先生は『ありがとう!』。結局、みんな患者さんによくなってもらいたいという思いは同じ。ただ、それぞれの立場や性格で言葉がズレることがある。それを翻訳するのがコーディネーターの役目だと思ってます」
平井は前任者の退職に伴い、同じ医療法人が運営する高槻病院から異動してきた。高槻病院では秘書のような動きもしていて、調整ごとは経験があった。ただ、医事科の中でも平井に白羽の矢が立ったのは、彼女の性格が買われたところも大きかったのだろう。
「北浜先生はマイペースで、徹底してシステム改善を図ろうとするので話が長い。全部聞いているとこちらは仕事が進まないから、先生と打ち合わせするときはドアから半身を外に出して、いつでも逃げられるようにしてます(笑)」
本人が聞いたら気を悪くしかねないことも、嫌味なく言えるキャラクターは、まさしく調整役向きだ。平井が前任者からコーディネーターを引き継いだのは2021年の年末。すでにチームの潤滑油として不可欠な存在になっている。
新メンバーが続々参画 進化を続ける減量チーム
減量外科が開設されて6年。チームの連携がよくなるにつれて目に見えて変化した数値がある。入院日数だ。手術を始めた2016年の平均在院日数は7・9日から2021年は6・6日に、平均術後在院日数は5・3日から2・2日に短縮されている。北浜はこう評価する。
「減量手術はいろいろ検査をして、患者さんをベストコンディションに持っていって手術に臨みます。チーム医療の強化でリスクを減らせるようになったことが、(入院)日数短縮につながっていることは間違いない」
円熟味を増した減量チームは、いまや院外からも注目される存在になりつつある。2020年には聖路加国際病院に、2021年には京都大学病院、神戸大学病院へ、手術導入の支援を行った。北浜は、「手術だけを指導してもうまくいかない」という。
「大事なのは外来。チームで診ないと、結局、院内でたらい回しになって、患者さんの通院中断につながります。だから外来の見学も受け入れていますし、私たちのやり方もシェアしています。減量手術を行う施設があまり増えると自分たちの症例が少なくなってしまうことを懸念して、最初は迷っていた部分もありました。でも、減量手術の裾野が広がれば患者さんの利益になる。もう出し惜しみしている場合じゃない」
ノウハウを広くシェアするようになったのは、減量チームが今も進化を続け、他院は簡単に追いつけないという自負があるからでもある。
2021年7月、チームに強力なメンバーが加わった。睡眠呼吸障害を専門とする呼吸器内科部長の住谷充弘だ。睡眠呼吸障害の治療が減量にどうかかわるのか。住谷は自身の役割を次のように話す。
「睡眠呼吸障害がある患者さんのほうが、術後半年の痩せ方が小さい。術前に治療介入することで、睡眠呼吸障害がない方と同じレベルに痩せられる可能性があります」
メンバーの拡充はさらに続く。今年度は、体に穴をあけるのではなく、内視鏡デバイスを用いたスリーブ状胃切除を開始する予定で、それに向けて医師の参画も検討されている。
専門家が知識と経験を持ち寄ることで、日本の減量手術をリードする千船病院減量チーム。ただ、北浜曰く、チーム医療の意義は専門性の結集や分業による効率化だけではないという。最後に北浜はチーム医療の重要性をこう強調した。
「減量はしんどいんです。だから患者さんの頑張りややる気の素を見つけて、励ましていく必要があります。そういうポイントは1人だと見落としかねませんが、チームならいろんな職種の専門家がそれぞれの角度で拾い上げて、みんなで共有できる。それがチーム医療のいいところです」
減量コーディネーターの平井は、北浜を「熱くて話が止まらない人」と評した。その評価どおり、北浜の熱弁はなかなか止まらなかった。
取材・文 村上敬 写真 奥田真也