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千船病院広報誌 虹くじら 千船病院広報誌 虹くじら

院内助産院に密着 「自然分娩」24 時

2024.08.19 フォトルポルタージュ

病院は「病」を治す場所である。そのため、病院にやってくるのは、怪我を抱えた、あるいは身体が弱った、もしくはゆっくりと人生の下り坂に差し掛かった人間がほとんど。その中で新生児をとりだす産科は少々、趣が違う。助産師の奥山敬子は子どもと接するとき「(心身をリラックスさせる)マイナスイオンが出てるようだ」と表現する。いわば柔らかな光に包まれた一角である。その中でも自然分娩に特化した院内助産院に写真家、奥田真也が密着した。

千船病院の5階には、出産に関する診療科が集められている。エレベータを下りて左側、東館が『地域周産期母子医療センター』だ。これは母体胎児集中治療室(MFICU)6床、新生児集中治療室(NICU)15床、新生児回復室(GCU)20床を備えた大阪府でも有数の分娩施設である。
 そして右側の西館が産科となっている。この一画、分娩室を挟むように2つの和室がある。約12畳の室内には小型のテレビ、冷蔵庫、CDラジカセ、ビーズクッション、ちゃぶ台 ―。旅館の一室のようなこの部屋が奥山敬子の仕事場である。
「千船病院の特徴ですか? 早産、ハイリスク(出産)など全てを受け入れる、オールマイティな感じですかね。色んなことを経験させてもらえるので、最初に働いた病院がここで良かったと思っています」

  
 奥山は愛仁会看護助産専門学校を卒業後、系列の千船病院に入職した。現在、奥山は、陣痛促進剤、麻酔などを使用しない自然分娩を行う『院内助産院』に所属している。
 通常、妊婦は妊娠12週から24週まで4週間に1度、医師の健診を受ける。24週以降、自然分娩を希望する妊婦を助産師の奥山たちが引き継ぐ。
「基本的に正常経過している方、そして前回の分娩が帝王切開でなかった方、妊娠合併症のない方、逆子や双子など多胎でない方で、ご本人と家族が希望し、医師の許可がある人は院内助産院でお産ができます」

  


 2021年、千船病院の院内助産院での分娩数は年間367件、これは全分娩数の約15パーセントにあたる。
 24週以降、30週頃と35週頃の2度、医師による妊婦健診を除けば、出産、そして出産以降を助産師が併走する。かつてどこの街にもあった助産院を病院の中に〝移植〟したものと考えていい。
「お産って順調に進んでいても、いきなり赤ちゃんがしんどくなってしまったり、産まれた後にお母さんが大量出血になるということもあるんです。その意味で、病院内で何かあればすぐに先生に診てもらえるという環境でできるのは私たちにとっても安心。お母さんたちも自由にお産に取り組める点でいいと思います」
 奥山が医療の道を志したのは早かった。
「昔から人のために働く仕事に興味があったんです。テレビで救命病棟24時みたいな番組、五つ子ちゃんの番組とかあったじゃないですか。そこからなんとなく看護師になりたいなと思っていました」
 看護学校で学ぶうちに、助産師に興味を持った。
「看護(学校)の実習で、色んな診療科を回るんです。お産の現場に立ち合わせてもらったとき、すごい楽しいなと思った」
 産科って、また産みに来てねーって言えるじゃないですかと奥山は笑った。

  
 助産師になるには、まず看護師の国家試験に合格、その後、規定の養成機関で1年以上学び、助産師国家試験に臨まなければならない。奥山は国家資格取得後、助産師のコースに進んだ。ただし、見学するのと自分でやるのとは別の問題だった。
「(助産師の)実習のとき、もう緊張で頭が真っ白になりました。命をとりだすという責任感がすごくて。でも経験を積んでも慣れるということはないですね。今も緊張します」
 院内助産院での出産に立ち合うのは、基本的には助産師のみ。
「陣痛が来たら入院。破水したら電話をもらって入院してもらいます。私たちがやるのは、お母さんの産む力を発揮してもらうこと。いかにその力を引き出すか。ご飯食べたくないけど、食べようかぁ、とか、ちょっと歩いたほうがいいよー、とか。ほんまはしんどくて部屋で寝ていたいところを頑張って歩いてもらう。歩くとお産が促進されるんです」

  
 出産前の母親は、とかく神経質になりがちである。奥山が自分に課しているのは、前向きな言葉で妊婦に寄り添うことだ。
 担当の助産師が子どもを取り出し、もう1人は点滴の管理などのサポートに回る。このときも助産師は妊婦の手を握り、言葉で励ます。
「めっちゃ痛いのに、何にも進んでないやん、どうなっているんや、ってなりがちなんです。そこで〝大丈夫、大丈夫〟、〝呼吸、上手〟、〝赤ちゃん、元気にしてる〟〝可愛い子が出てくるよ〟とか」
 子どもを取り出すのは技術と経験が物を言う。
「スピーディに出てきすぎると、お母さんの身体に傷が付いてしまう。ゆっくり、ゆっくり。ただ、赤ちゃんは、狭いところを通る。しんどくないように出してあげないといけない。適切なスピード、(取り出す)角度があるんです」

  
 昨今、感染症対策のため、父親の立ち合いが認められていない。そこでサポートする助産師がスマートフォンを使って、出産の状況を中継することもある。スマートフォンの向こう側と繋がっているという感覚は母親にとっても心強い。
 出産後の1ヶ月健診も助産師が担当する。
「妊娠中から知っている人のお産をして、1ヶ月後で大きくなった赤ちゃんを見るとすごく嬉しい。赤ちゃんって可愛いし、マイナスイオンが出てるような気がするんです。一緒に出産を喜べるって、めっちゃ、ありがたいことやって思います。日々、私たちは赤ちゃんから元気をもらっているんです。千船病院にいると、世間で言われている少子化っていうのは感じたことはないです」
 ここ、少子化じゃないなーって思うんです、大きな声で笑った。

取材・文 田崎健太  写真 奥田真也